「納得できる作品がまだ作れていない」 堀米雄斗、世界の頂点に立っても探し続ける「答え」とは?

アスリートの日常に密着し、競技や人生とどう向き合ってるのか掘り下げるNIKE(ナイキ)シリーズ『What Are You Working On(今は何に取り組んでますか?)』は、タイトル通り求道者のマインドと生活が垣間見られ、アスリートでなくとも誰もが共感できる人気シリーズだ。

スケーターとしてはこれまでNyjah Huston(ナイジャ・ヒューストン)が登場し、その示唆に富んだ内容が話題になったが、日本版の記念すべき第一回は、日本が誇るトップ・スケーターの堀米雄斗が登場。

以前から謙虚で努力家として知られる堀米が今回の映像で見せる姿はあまりに飾りがなく、感受性豊かで正直だ。弱冠22歳でオリンピック初代金メダリストとなったことで、自身を取り巻く世界はよくも悪くも変わってしまったという。栄光を手にしたことで、彼はむしろ戸惑いの真っ只中を歩むことになったのである。

冒頭「オリンピック前までは結構自信があったし、やりたいことが見えていたのに、今はそれもわからなくなって、自分とずっと戦っている感じ」と言う彼の姿は、こちらが戸惑いを覚えるほど無防備だ。名実ともに世界のトップに立った今もなお「本当に大事なこと」が何なのかを探し続けているというのである。人は頂点に立ってもなお、理想を求め、悩み、もがき続けなければならないのか? そもそも彼が求める「大事なこと」や「答え」とは、一体何なのだろう。

頂点から原点へ

スケートパークではなく、普通の公園からスケートを始めたという堀米は今回、少年時代に滑っていたという小松川公園へと赴く。荒川の土手と、桜の名所としても知られる旧中川の間にあり、いつも穏やかな空気が漂う小松川公園。東京湾奥地域では至る所に見られる、なんて事のない日常の風景だ。そんな公園でホーミーたちと「ただただ好きなスケートを滑っていた」と言う。

「大好きな場所なんです」と笑顔を見せるが、オリンピックを経た今は街で気付かれることも増えて、「自由に電車で好きな場所へ出かけて、好きな友達と自由に滑ることができたらな、って時々思う」とも。それはきっと謙遜でも自慢でもなんでもなく、ただただ正直な気持ちなのだろう。世界的に有名になって評価こそ不動のものとしたが、その過程で失ったものもある。

動画の後半になっても相変わらず「スケートには正解がない。なのに正解をどうしても探してしまう自分もいる。それは自信がないからだと思います」「完璧なスケートの日は、ないんです」と話す堀米。スケートを始めた公園からは随分遠くに来た。今や堀米の実力を認めない者などいないだろう。それでも本人はどこまで行っても当然のように苦闘し、トライ&エラーを繰り返す。「答えはまだ見つからないのだ」と打ち明ける。

夢の時間

途中、子どもの頃に友達と無心で滑っていたことを振り返る場面がある。それを堀米は“夢の時間”だったと表現しており、「もしかしたら今でもその“夢の時間”は、スケートにしている時間の中に転がっているのかもしれない」と、希望を求めるように口にする。子どもの頃は、ただひたすら理想のメイクを求めていつまでも思い描いた滑りを求めて何度もトライしていた。日が暮れて滑り終われば“もっとあの部分を改善すれば今度はもっと綺麗にメイクできるかもしれない”などと思い描いて家路に着く。そんな少年時代の記憶はきっと、世界中のスケーターたちに共通のものだろう。いつまでも理想を求めて繰り返す。それはあの公園にいても、世界のどこにいても、堀米雄斗が“トップ・スケーター、堀米雄斗”である限り永遠に変わらないのではないだろうか。

大事なこと

この動画を観る者はきっと思うはずだ。途方に暮れそうなほどに理想を求め続ける堀米は「すでに答えを手にしているじゃないか」と。昔、“迷い探し続ける日々が答えになる”と、とある高名な人が歌っていたが、それはおそらく本当ではないか? 映像の最後でも、堀米は「自分的に納得できる作品がまだ作れていない」「受け継がれてゆくような映像作品を残したい」「想像しているものが自分の中にあって、その想像しているものをちゃんとやりきりたいっていうのがあるから」と、ここでも探し求めるように言葉を紡いでいく。

しかしそれこそ向かうべき場所が明確に見えている証拠ではないか。確かに彼が求める“理想の滑り”には、まだまだ程遠いのだろう。だが同時に、いつだってそれは彼の原点として、彼自身の中にあったはずだ。人は遠くへ行こうとしなければ、どこへも行けないのかもしれない。だが、いつだって答えはその人の内側にしかないのである。

まるでややこしい禅問答のようだが、それは堀米雄斗だけが抱える苦悩だろうか? いや、我々全員に共通のテーマではないのか。景色が変わっても、名声を手にしても、戸惑いが増えても終わらない。それは誰の人生でも同様だろう。

今日も堀米雄斗はどこかのスケートパークで、あるいは小さな公園で挑戦している。今生きる全ての人々の挑戦もまだ続く。彼が次に向かう場所は? 彼はどこで何を求め、何に惑うだろう。“夢の時間”を追い求め続ける彼の戦いもそして全ての人々の日々もまだまだ終わらないのである。

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