ストリートボールで世界を熱狂させた 『AND1』3人のヤバいカリスマ

Netflixドキュメンタリー『Untold: AND1旋風と夢の跡』は、ストリートボールを世界に広めた功績を持つバスケットシューズブランド「AND1」の隆盛を描いている。

2000年代、AND1が主催するバスケットボールイベント<AND1 MIXTAPE TOUR>はプロバスケチーム「TEAM AND1」を率いて世界中を熱狂させた。このイベントはもちろん日本でもファンたちを喜ばせてくれた。チームには個性豊かな選手たちが多くいるなか、もっとも人気だったのはまるで魔法のようなハンドリングを見せる選手たち。今回は3人のカリスマをご紹介したい。

Skip to my lou(スキップ トゥー マイ ルー)

まずは“Skip to my lou(スキップ トゥー マイ ルー)”ことレイファー・アルストン。AND1創設期にスタープレイヤーとして活躍した選手だ。アルストンがストリートに出たのは14、5歳の頃。当時の学校のコーチに連れられ、やってきたのはストリートボールの元祖・NYのRucker Park(ラッカーパーク)。そこで一回りも二回りも大きい高校生やカレッジプレイヤーと切磋琢磨し、そのスキルをグングンと磨いていった。そして華奢な体ながら、長い手足と抜群のリズム感で相手を翻弄するスタイルを習得していった。

彼の“シグネチャームーブ”は、スキップをしながら予期せぬタイミングで繰り出すノールックパス。AND1の“MC”Duke Tango(デュークタンゴ)はそのプレイにインスピレーションを得て、“Skip to my lou(有名な童謡の名称。スキップとかけている)”というニックネームを名付けた。アルストン曰く、今や本名よりも有名になってしまい、スキップが本名だと思っているファンもいたそうだ。アルストンはAND1のメンバーで唯一NBAにてプレイ。計11年のキャリアを送り、AND1史上もっとも成功した選手となった。

Hot Sauce(ホットソース)

AND1を全米、世界へと広めたのが“Hot Sauce(ホットソース)”ことフィリップ・チャンピオンだ。元祖AND1メンバー達に「あれは何だ!?」「ヤバいヤツがいるぞ!」と言わせるほどの衝撃的なスキルを持っていた。刑務所の出所翌日に『AND1 MIXTAPE』に参加すると、AND1史上最高のスターへと駆け上がっていった。彼のお陰でそれまでミニバンだった移動車は“3億円のツアーバス”へと変貌。“ホットソース”主演の映画も制作された。とにかく“ホットソース”のスキルはストリートボールのなかでも“革新的”だった。Y2K、フリントストーン、ブーメランなど、オリジナルの技をいくつも生み出した。彼の技は全米中で真似され拡散。SNSのない時代にもかかわらず爆発的に広まっていった。“ホットソース”がいなければ、ここまでストリートボールが注目されることはなかったかもしれない。

Professor(プロフェッサー)

そんな“ホットソース”に憧れていたのが“Professor(プロフェッサー)”ことグレイソン・バウチャーだ。各地で有望な選手をスカウトしていき、最終的に残ったものと契約する『AND1 MIXTAPE Tour 2003 – Midnight Madness Open Run』に参加。最初のツアー地からずっと残り続け、一度も脱落することなく契約を勝ち取った。それまで黒人選手ばかりだったAND1に突如現れた”小柄”な白人スター。

そんな彼をファンたちはほうっておく訳がなかった。“ストリートボール界”のエミネム、ジャクソン5の“マイケル”と揶揄されるほどの人気を誇り、憧れの“ホットソース”に負けず劣らずのスター選手となった。現在は自身のYouTubeチャンネルを中心に活動。スパイダーマンやバックス・バニーの姿に変装し、様々なトリックを繰り出す動画はいずれも数千万回を超える再生回数を誇る。現在もっとも成功しているAND1プレイヤーと言っていいだろう。

彼らの動きは現代のNBA選手たちの動きにも見てとれる。今のバスケットボールの魅せる部分、具体的には創造性、芸術性という点で大きく影響しているはずだ。

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