また会えたネ (ランジャタイ伊藤)

『また会えたネ』
「これがお笑いライブだ。」舞台袖で僕たちを待っていたその人は言った。僕たちのお笑いライブが、始まった。

NSCをやめて、その後所属したソニーもやめて、何をしていいのか分からず、ノルマライブに払うお金もなかった僕たちは、月に一度、新ネタ10本という単独ライブ(漫才映像を撮り溜めそれをテレビで流して2人で見る。客も演者もランジャタイ2人)を開催していた。それはそれでとても楽しかった。

その頃唯一の友達だった、名古屋からやって来たガロイン(ガロインは、伴と薗田からなる、ソニーで僕たちと同期の坊主の二人組。
あの頃のまま、変わらないガロインで、今もノルマライブに出ている。坊主だった髪を伸ばして白髪混じりになって、見た目は老けたけど、笑って破顔すると笑顔があの頃とまったく変わらない伴は、その笑顔が泣きそうになるほど美しい。

一緒に2人だけのバンドもやったし、2人で幕張のオアシスのライブに行ったなあ。
薗田さんは見た目がほんとに変わらなくて、持ち家も持ってて、15年間ずっと、へらへら変わらない笑顔で笑ってて、当時よく言ってた、「みんないつまで漫才やっとるだ、恥ずかしくないのかあ〜?」の言葉が今は、「ちゃんとガロインで漫才できるようになりたいよ。」と変わってて面白い。
なんだか妖怪みたい。みんながおじいちゃんになってもそのままで、今際の際の枕元にへらへらと遊びに来て、「伊藤ももう死ぬのかあ〜。」と言ってきそう。)の2人。
そのガロインの薗田さんが、「国民がたは、何を見とるだ。浜口浜村だ!」と、ブログで、画面をぶっ壊す勢いで声高に叫び、名古屋から東京に呼んで、そのまま薗田さんの家に居候していたのが、浜口浜村さんだった。

薗田さんに誘われて、まだマセキに所属する前の浜浜さんの漫才を見に行った。僕が初めて見た浜口浜村の漫才は、『浜村くじ』という漫才だった。
それはとっても面白くて、とってもとっても嬉しくなった。
薗田さんの家で喋った浜村さんは、自信に満ち溢れていて、「今年まずM-1で準決勝に行って知られて、それから来年決勝だな。」と言っていた。
ライブに出ていない、M-1一回戦に名前を変えての不正エントリーやら再エントリーで3回落ちていた僕たちからしたら、異世界の領域の話だった。
そんな浜村さんが僕たちの単独ライブを見て、「お前らは一体何をしているんだ。」と浜浜さんの自主ライブに誘ってくれた。どんなライブなんだろうと、なんだかわくわくした。

迎えたライブ当日。
僕たちは道に迷いに迷った。
地図を見てどれだけ歩いても会場に辿り着けない。どうしようもない2人だった。
お金もないのにタクシーに乗り、住所を伝えて運転手さんに委ねた。
2人で財布の小銭をかき集めて運転手さんにお金を払い、出番ギリギリで会場に辿り着いた。
出番前、浜口さんが、「すべるぞぉー??すべるすべる。。」と、入口から舞台に向かう僕たちに、手のひらをかざしながら謎の呪詛を浴びせかけていた。
わけもわからぬまま、いつもの部屋から、キラキラと輝く舞台へと飛び出した僕たちは、いつもの部屋みたいに、楽しく漫才をやり終えた。

初めて100人ほどの満員のお客さんの前で漫才をやった。
初めて爆笑を全身で浴びた。なんだったんだ今のは。
そう思いながら、光から暗闇にはけると、暗がりで浜村さんが仁王立ちで待っていた。
「これが、お笑いライブだ。」
雷が落ちたような衝撃を受けた。
その後ろで、浜口さんがケラケラと笑っていた。
部屋で2人ぼっちで楽しんでいた僕らとお笑いライブを、がっしゃんと繋いでくれた。それから、僕たちは、色々なライブに出るようになった。
浜浜さんのあのライブのおかげで、お客さんも「あの時の子たちだ」と少し温かい目で見てくれているような気がした。
たまに、浜口浜村さんと一緒になった。
その度に、いつもとってもとっても嬉しかった。
ライブシーンでは、浜口浜村は圧倒的で、いつも優勝していたようなイメージだった。
ランジャタイとガロインはほとんどドベ2ばっかり!僕は僕でばりばりに尖りながらも、いつかこの人たちみたいに優勝でいつも名前を呼ばれるような芸人になりたいなあ。と思った。

2015年のM-1グランプリ、浜口浜村は2回戦で落ちた。
『ビビり』という漫才だった。しっかりとうけて、それでも落ちたらしかった。「もう限界だ。」浜村さんは、見るからに疲弊していて、「それからM-1決勝だな。」と言っていた自信に満ち溢れた浜村さんはもうそこにいなかった。
ランジャタイも2回戦で落ちていた。
だから一緒ですよ、大丈夫ですよと言ったけれど、ランジャタイはこれからの人たちだから。
俺たちは背水の陣で挑んで、2010年の3回戦を越えられなかった。
もうだめだ。と言っていた。僕では止められないんだ、と思った。
浜口さんはどうなのだろうと、薗田さんと一緒に浜口さんとご飯を食べた。
浜口さんは、「浜村は、出会った時からずっと、おれのスーパースターなんだよ。」と、普段なら照れ臭くて絶対言わない本音みたいなことを言う浜口さん。ああ、もう解散は止まらないのかなと思った。
スーパースターと出会えたなら、どんなことがあっても離れずにずっと一緒にいればいいのに。と思った。
でも僕にはわからない色んなことがあったのだろうなあとおもった。
そんな2人に、とっても悲しかった。
浜口浜村は、解散した。

浜口浜村の解散ライブをランジャタイ2人で観に行った。
浜口浜村最後の漫才となった、『牛』の漫才は、それはもうとんでもなくて、魂の叫びで、僕は、なんでこの人たちは辞めちゃうのかなあ。と思った。

浜村さんはピン芸人になって、浜村孝政から浜村凡平になった。(今はさらに変わって浜村凡平太)浜村さんは色んな面白いことをしていた。
ライブが一緒になるのがとっても嬉しかった。
浜村さんは漫談の時、いつもマイクの真ん中より少し右側に立っていた。
浜口さんの場所を開けているんじゃないかと思った。(僕の気のせいかもしれません)
僕にだけかもしれないけど、横に浜口さんが見えて、浜村さんがおかしなことを言う度に浜口さんがつっこんでいた。
最後に挨拶する時は、明らかに右側に寄って、横の浜口さんの場所を開けていた。(僕のまったくの気のせいかもしれません)
僕には浜口さんが見えてしょうがない。
漫談も、それは浜口浜村の漫才だった。
浜村さんは、浜村孝政から浜村凡平太になっても、結局ずーっと漫才師なのだ。一度薗田さんに、浜村さん浜口さんの場所開けてるよね?という事を言ったら、「ほんと〜?気づかんかったけど、浜村さんならそういう事しそうだな〜。」とへらへらと能天気な事を言っていた。

一度薗田さんと、まだ東京にいた浜口さんに会いに行った。
お正月の漫才番組を見ながら、浜村さんがこんなことしてました、あんなことしてました、と伝えたら、笑いながら「頭おかしいがな!」と言っていた。
とても楽しい時間だった。コートをもらって、とても嬉しかった。薗田さんと一緒に電車で帰ろうとしたら、「僕は自転車じゃんねえ〜。」と、自転車では考えられない異常な距離を、へらへらと自転車で帰っていった。

それから、それはそれはもうたくさんのことがあった。
浜口浜村解散から6年後、ランジャタイはM-1決勝進出を決めた。
決勝進出から2日後、12月4日。
浜村さんから、決勝のお祝いしたいんだけど、飲まないかな。と誘ってもらった。
すぐに高円寺の公園で集まった。
浜口浜村とランジャタイを繋げてくれた薗田さんもよんで、まずは浜村さんと2人きりで話した。
配信で準決勝をみてくれた浜村さんは、
「よかったなあ、」
「すごいよ。最初に見た時からずっと面白かったけどなあ。変わってないけどなあ。ほんとによかったなあ。」
「何やってんだよこいつら、のまんま決勝にいったなあ。」
「あのままであんなうけるんだから、すごいよ。」
「かっこいいよ。」
「すごいことだなあ。」
「敗者復活で、くそ滑った後に、決勝でお会いしましょうって言ってたもんな。何言ってんだこいつって、めちゃ笑ったよ。頭おかしいよ。天下取るって言い続けてたもんな。伊藤は嘘をつき続けて、嘘をほんとにしたんだよ。」
「ちゃんくにはスターだからな。」
「ずっと泣きそうだよ。気を抜くと泣いちゃうよ。」
と言ってくれた。
僕もずっと泣きそうだった。
僕は、浜口浜村とランジャタイでツーマンライブやりませんか。と意を決して誘った。
いつか浜口浜村とランジャタイでツーマンライブをやりたいと思っていた。
浜口浜村とのツーマンライブに見合う芸人になろうと思っていたけど、それが叶う前に浜口浜村はいなくなってしまった。
今なら浜口浜村復活ライブを出来るんじゃないかと思った。
(一度ぼくのわがままで2018年のM-1グランプリに出てもらっていた。
その時は、浜浜さんの名古屋での一回戦予選その日に、何故か名古屋に異常な大きさの台風が到来し、お客さんが誰も会場に辿り着けず、無観客で漫才をした結果、記念すべき大復活のはずが一回戦で落ちてしまった。
およそ信じられないことが起きた。その直後、東京の居酒屋で、M-1一回戦落ち経緯の超おもしろ漫談を浜村さんに聞かせてもらった。
めちゃくちゃ面白かった。超贅沢。
本当は2回戦の東京予選で同じ希望日を出して同じ日に出られたらいいなーなんて思っていたのだけども。そのことはブラックホールの中に記憶を放り投げていただいて。)
浜村さんは、やりたいよ!と言ってくれた。浜口さんさえ良ければ。M-1ファイナリストランジャタイとのツーマンライブなら、一回限りなら浜口さんもやってくれるだろ!優勝したらもう再結成だ!と嬉しそうに言ってくれた。
遅れて薗田さんが自転車でやってきた。
「よかったじゃんね〜。」
とへらへらと笑っていた。

決勝が終わり、優勝は出来ず最下位に終わって(ひええ!)しばらく時間が経った頃、営業先での休憩時間、だだっ広い原っぱを見つけて、そこに一人で本を持ち込んで、木の下で寝転んでいた。
ふと横を見ると大きい川があったので、これはいいと川べりを歩いていたら足を踏み外して川にはまって靴がびしゃびしゃになった。
歩くとタプタプと音がする。切ない。
木の下に戻り靴を脱ぐ。
絞った靴下と真っ赤な靴を木の枝に引っ掛ける。
一際大きな風が吹いて、頭上の靴がゆらゆらと揺れている。
そこで、今だ!と思って、ドキドキしながら浜口さんをツーマンライブがしたいですとメールで誘ったら、やんわりと断られてしまった。
しまった!一世一代のお誘いだめだった!と思ったけど、諦めたくない!ともう一度お誘いのメールを送ったら、『土日ならいいよー』と返信がきた。
嬉しくてたまらなかった。
浜村さんにすぐ伝えたら、「まじかいな!!!すごー!」と返信がきた。
嬉しくてたまらなかった。

8月21日、浜口浜村が復活した。
やったね!ライブ直前、出番前、国崎くんが、浜口さんに向かって、「浜浜さん、すべりそうですね、すべりますよ、絶対にすべる。僕の勘はあたるんですよ。」と言っていた。
僕は、『あの最初に浜口さんに言われたあの言葉をそのまま返しているんだな、粋な事をするなあ。』と、うなずきながらじんわりと胸が熱くなっていた。
そして始まったツーマンライブ、その一本目、すべったのは浜口浜村ではなくランジャタイだった。
「これがお笑いライブだ。」と教えてくれた浜口浜村さんに、今度は僕らが、これがお笑いライブです。と言いたい、という漫才だった。
そんな恩返し漫才が、信じられないくらいすべった。
呪詛返しだ。
すべりの呪いが失敗して、行き場を失った呪いが術者のもとに帰ってきたのだ。
恐ろしいほどのすべりの中、浜浜さんが優勝しまくっていたあの頃の、ランジャタイがガロインと一緒にいつもドベ2ですべり続けていた日々の中に戻ったような気がして、懐かしい、不思議な感覚になった。
しかしそんなことに浸っているわけにもいかず、あまりのすべりように、「こんなにすべってるのは久しぶりだよ。
久しく味わっていないすべりだ!こんなすべり方は前代未聞だ!」と、言って笑いをいただいたら、国崎くんが、
「小手先で笑いを取るな!」
「小手先の技術なんかいらない!」
「あの日々を思い出せ!」
「変わっちまったな!」と、謎のゾーンに入り大暴れしだした。
確かにあの頃の僕は、そんな外に出たつっこみで目の前の笑いをいただくようなことはしなかった。
変わっちまったのかな?と自問自答する。なぜだかキッズリターンのラストシーンが脳裏に浮かんだ。

キタノブルー。
国崎くんを後ろに二人乗り、学校の校庭を自転車でゆっくりと走る。
「おーい馬鹿勉強してるかあ!」
「くにちゃん、おれたちもう終わっちゃったのかな」
「ばかやろう!まだ始まっちゃいねえよ」

一瞬で現実に戻る。誰も笑っていない。
違う!小手先がどうとか技術とかそんないいもんじゃない。
そんなこととは関係なく、ただあまりにもすべりすぎているだけだ。
だから思った事を言っただけだ。
危うく騙されるところだった。
満員のお客さんという事を加味したら、ランジャタイ史上1番すべっていたかもしれない。

お客さんがたくさんいて、その中ですべりまくり、誰も笑ってない空間が僕はとても好きだ。しかし、それを超越するくらいすべっていた。

最後まですべりきり袖に戻る。
「お願いします。」と浜浜さんに言う。
「これがお笑いライブだ。て言わないの?」と浜村さんが笑いながら言う。
すべりすぎて、絶対に言うはずだったその言葉が2人とも頭からぶっ飛んでいた。
浜口さんはその後ろでけらけらと笑っていた、

浜口浜村が舞台に出る。
浜村さんが7年間開け続けていたマイクの左側に、浜口さんがいた。
その一本目の漫才は、僕が最初に見た浜村くじの漫才で、とっても面白くて、とってもとっても嬉しくなった。

浜口さんは、7年ぶりとはとても思えない、まるで解散したあの日が昨日のことだったんじゃないかくらいに、そのままの姿で、間も声量もあのころのまんま、完璧な漫才をしていた。なんなら浜村さんより声が出ていた。
浜村さんがずっと開けていたマイクの左側で、浜口さんはまるでずっとそこにいたみたいに漫才をしていた。
浜口さんの横で、本当に楽しそうに生き生きとボケまくる浜村さんは、どうしようもなく漫才師だった。

9月3日の名古屋公演、ランジャタイの出番前、浜口さんが、「すべるぞぉー、すべるすべる!」とあの時みたいに呪詛を送ってきた。
今度は東京公演みたいにはすべらなかった。
危ない。
浜浜さんは、M-1グランプリ2015 2回戦の『ビビり』の漫才から始まって、最後はランジャタイでカバーさせてもらったこともある不朽の漫才、『自己紹介』まで見せてくれた。
ずーっととっても面白くて、とってもとっても嬉しかった。
夢のツーマンライブが終わった。

そうして2日たった。
僕といえば、ライブにも出ていなかったあの頃と一緒で、気を抜くと一瞬で部屋はぐちゃぐちゃ。
真っ暗な部屋に1人。
友達はあんまりいない。
まともな人間とはとても言えない。
人生で取り返しのつかない失敗を、たくさんたくさんしてきた。
本当にどうしようもない。
でも、冷凍庫には、東京公演で浜口さんにもらったズッキーニの伊藤幸司がカチコチで眠っていて、部屋の壁には名古屋公演で浜口さんにもらった、浜口浜村とランジャタイの、4人とも大きな羽が生えたファンアートが掛かっていて。
浜村さんが、「すごいよ。解散したコンビを復活させるなんて、ダウンタウンにも出来なかったことだよ。すごいことだよ。たいしたもんだよ。」と言ってくれて。
「幸せだなあ」と何度も言ってくれて。今まで辛いことがたくさんあったし、これからも辛いことはたくさんあるだろうけど、今これを書いているこの瞬間は確かにとっても幸せだ。
こんな瞬間を見つけるために、僕はこれからも頑張れます!
ありがとうございます!
嬉しい!
幸せ!
わくわくするね!
また会おうネ!

文・ランジャタイ伊藤

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