“ラップのリリックを法廷に利用しないで” ヒップホップ・スターたちが参加した署名運動

ラップのリリックを法廷利用することに反対する、『Protecting Black Art(ブラック・アートを守る運動)』の輪が今、広がりを見せている。

例えば、容疑者や攻撃的な内容のラップを聞いていたから、あるいは、犯行がリリックの内容と酷似しており、参考にして犯行に及んだ、など。アーティスト本人の容疑とラップのリリックが、犯罪動機や証言、証拠として扱われ、法廷で利用されるケースはさらに多いだろう。こうして犯罪の根拠、公共記録として扱われ、たびたび法廷や公共の場でラップのリリックがが槍玉に上がるのを目にしたことは、ヒップホップ・リスナーならばあるのではないか。しかし、ラップはあくまで表現だ。犯行声明ではない。

これ自体の妥当性/不当性も、表現の自由に関わる重要な問題だが、専門家の調査によると、1950年以降ラップのリリックが法廷利用され判決に繋がったケースが500以上もあるのに比べて、非ラップ曲の歌詞の場合わずか4件。しかもそのうち3つは棄却され、唯一のケースも有罪判決後に覆されているのだとか。つまり非ラップ曲(ポップス、カントリーなど)の歌詞が判決に繋がったことは実質ゼロ、なのである。

もちろんラップで歌われる内容にギャング的内容やビーフにまつわるものが多いのも事実だが、数字として比べると、あまりに差があるとは言えないか。

こういった不当さを受けて、今年頭にはじまったこの運動。声を挙げ署名したヒップホップ/ブラック・ミュージック界の著名人や業界関係者はすでに何十人にも及んでおり、ざっとリストアップしてもDrake(ドレイク)、Mary J. Blige(メアリー・J・ブライジ)、2 Chainz(2チェインズ)、21 Savage(21サヴェージ)、50 Cent(50セント)、Big Sean(ビッグ・ショーン)、Alicia Keys(アリシア・キーズ)、DJ Khaled(DJ キャレド)、Megan Thee Stallion(ミーガン・ジー・スタリオン)、J. Cole(J. コール)、Lil Baby(リル・ベイビー)、Quavo(クエイヴォ)、Post Malone(ポスト・マローン)などなど。さらにはカントリー界のスター、Morgan Wallen(モーガン・ウォレン)、ポップス界の歌姫、Christina Aguilera(クリスティーナ・アギレラ)も署名するなど、ブラック・ミュージック界に止まらない広がりを見せているのだ。

昨今の「Black Lives Matter(BLM)」運動とも関連はあるだろう。ブラック・ミュージックやアフリカ系のアート表現全般の現状を改めて検証し、問い直す作業が急速に広がりを見せているわけだ。例えば先のクリスティーナもそうだが、Taylor Swift(テイラー・スウィフト)やBon Iver(ボン・イヴェール)など、白人だったり、あるいはカントリーなどをルーツにしたアーティストがブラック・ミュージックからの影響を受けていたり、盛んに作品で黒人アーティストとコラボレートするようになって久しい。もはや今回の“ブラック・アートを守る運動”は、「ブラック系だけの問題ではなく、社会全体の問題である」という認識がこれだけの署名を集めるに至らせたのだろう。

表現の自由に抵触する問題であり、人種差別の問題であり、ならばそれは全人類にわたっての問題だろうという認識を、この時代の新たなスタンダードとして定着させるべく、ビッグネームたちが顔を連ねているわけだ。

この問題は日本のラップ界においても、他人事ではないだろう。かつてないほどラップが市民権を得ている昨今、今後もっと広汎なフィールド、世間や社会からのリアクションを思えば、これは我事でもある。

Protecting Black Art』のサイトでは、「アメリカでの(ブラック系)リリックの扱いは単純に間違っている。こういった扱いは、すでに隅に追いやられていた(marginalized)ラップ・アーティストたち本人、彼ら彼女らの家族をさらに追い詰めるものだ」「創造と表現の自由のための戦いは収束には程遠いが、全ての人々が共に働きかけなければならない」とはっきりと記されている。

同運動には現在約65,000人の署名が集まっているというが(2022/11時点)、今後世界中を巻き込んでさらに大きな数字に膨れ上がるかも知れない。この運動が今後どのような潮流を生み出してゆくか。我々も注視し続けていきたい。

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