ダフト・パンクに期待する事 (永野)

ダフト・パンクの「ワン・モア・タイム」大旋風が起こった2001年、自分は前の事務所ホリプロに在籍して煮詰まっていました。子供の頃からロックを聴いていたので自分は27歳になる今年に死ぬものだと思っていたのですが、死にませんでした。

翌年事務所をクビになり、死に損ないとして4年間フリーで活動しました。活動といってもメジャーなお笑いの人たちとは真逆の自己満足に勤しんでいるだけの行為です。芸人を辞めて普通の仕事もしたくないし、したくても出来ないのも分かってるし。しかも自分のやってる芸でテレビに出れるなんて思ってませんでした。それは芸人を始めた頃からで、なんとなく自分の好きな事は世間が好きな事ではないんだろうなといつも弱気でした。若さとは尊いもので弱気な態度でもなんとなくやり過ごせるものですが、歳を取るとどうしても強くならないといけないですよね。こう見えても自分は自分がここまで強くなるとは思ってませんでした。皆さんから見たらまだまだ弱い人間かもしれませんが自分としては図太くなりました。でもどうしても出来ないのがプライバシーの切り売りです。それだけは嫌です。

それはダフト・パンクの2人もそうだったらしく、だからこそ仮面の中にプライバシーを封じ込んだそうなのです。賢いですよね。自分は自分の芸名が「永野」だという事を後悔してまして、永野という苗字は本名なので、「ながちゃん」とか「おもしろマン」とかにしておけばプライバシーは守れたんじゃないかと思います。もう一つ後悔してるのは弱気の問題で、最初から強気な性格ならこんな気難しい考え方に陥らなかったんじゃないかと思います。でも自分の個性はこの気難しさで、そう考えると堂々巡りになってその悩める状態が側から見たら更に気難しく映り、ああ最初から仮面を被っておけば良かった、鉄の仮面を。そしたら自分の気持ちなど汲み取られないで済むし。でもそれで勝負しても世間から「一発屋」扱いされて、しかも一発屋って時間が経つと結局仮面を外して自らの気持ちを吐露するのが常ですよね?すると世間は必ず「一発だけ当てれるだけでも凄い事だよ」って言うでしょ?

ダフト・パンクは一発屋じゃないけど解散した今も素顔は絶対に見せないで欲しい。世の中は正直さばかりを求めるけど手品師に正直さなんかいらない。種明かしなんてしなくて良い。

文・永野

TAGS