ケンドリック・ラマーの言葉は、ラップすらも超えてゆく

最新アルバム『Mr. Morale & The Big Steppers』を引っ提げてのツアーも話題を呼んでいるKendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)。そんなツアー最中のケンドリックが、自身と音楽を総括するかのような感動的な文章をSNSで公開し、美文が話題を呼んでいる。

「イエスさま、マリアさま、正直に言うよ。“Mother I Sober”を書けるまでに20年かかったんだ。そして俺はラップに救われた。俺自身の想像や、その限界を越えた先まで連れて行ってくれた。jojoに。音楽は今のところ、この青二才にとっては空気のように大事で必要なものだ。mr morale。俺の自己表現の礎。不完全さと恋に落ち、愛すること。俺はそのプロセスを決して忘れることはないだろう。俺のピアノ。親愛なるファンたち」

続けて、「刑務所からはずれの小さな町まで、至る所から再会と和解の知らせが届く。大事な言葉は、もしかしたら今日このときに降って来るのかもしれない。場合によっては10年後かもしれない。ある日、君の幼い子供たちが、部屋の隅っこで忘れられた古い本のように、言葉を紡ぎ始めるかもしれない。俺は永遠にアンダーグラウンドの人間だ。メインストリームに紛れ込んでゆく。訪れる先々の街はどれも美しいよ」と記した。

キャリアを振り返るとともに、自身の現在地、家族、地元、ファン、信仰、音楽への想いを正直に、真っ向から表現した文だ。日本語に訳してもなお軽妙で、それでいて美しい。散文のような走り書きであってもラップでも、ケンドリックにかかると一編の詩のようだ。

さて、ケンドリックの育った黒人貧困層のコミュニティは、男性が正直であること、感情的/感傷的になること、自分の弱さを見せることが許されない文化だろう。舐められたらヤられる世界で、“感情的”になるなんて隙を見せるようなもの。そんな奴は弱虫というわけだ。タフな環境ゆえにまん延するマッチョイズムは、この傾向を繰り返し強化する。そんな中では例えばメンタルヘルスの話題などはもってのほかだ。

しかし、セラピーを受けていることすらも明らかにし、愛や感情さえもあらゆる方法で表現できるのがケンドリックだ。

ヒップホップコミュニティではよく“feeling”と言うが、共感や同情や愛情などを総じて指す表現になっている。「俺の気持ちがわかるか、意図がわかるか」と問いかける際に“You feel me?”と言うことがあるが、“理解”よりももう少し踏み込んだ、共感を求めるような表現だ。「大事なのは結局、feelingなんだ」とまで公言するのがケンドリックである。

“feel”しあい、愛情や救いを求めることすらもラップに昇華し、旧態依然とした価値観を覆そうとしているかのようである。

以前Odd FutureのTyler, The Creator(タイラー・ザ・クリエイター)は、そんなケンドリックについて「黒人たちは互いにハグして愛情を表し合うってやつが苦手なんだ。でもいずれそういう時代も変わってゆくと思う。キッズたちの方が“よう大丈夫かい?”って正直だしね。くだらない強がりや虚勢はやめて、素直になるべきさ。ケンドリックがやったのはそういうことなんじゃないかな」と語ったことがある。

また、「奴のアルバムは最高だよ。でも人によっては、まるで心の奥底に隠してる気持ちを抉り出されるようで、聴くのがきついかもね」とも付け加えていた。それくらいリスナーに“feel”させることができる、ということだろう。

先日、ツアー中の先の公演で、セキュリティの一人(警備スタッフ)がケンドリックのラップに合わせて涙混じりに「LOVE.」を口ずさむ映像がバイラルになったことがある。原則としてコンサート警備スタッフがライブを観たり楽しむことは規定外なのが暗黙の了解だが、このスタッフは感情を堪えきれなかったのだろう。ケンドリックのラップの持つ力を物語るエピソードだ。

時代の寵児、世紀の詩人とまで呼ばれるケンドリック・ラマー。その所以は、言葉への造詣、知性とウィット、そして何よりも剥き出しで真摯な心情表現だろう。ファンのみならず、同業ラッパーさえ「インスパイアされ、救われた」と言わしめるケンドリックの言葉は、ラップすら超えてゆくか。

Kendrick Lamar/YouTube

TAGS