スケートボードは何着ても良い、何をやっても良い。とにかく自由|西宮ジョシュア × 池田幸太 #1

2010年代に日本を代表するスケーターとして世界を舞台に活躍してきた池田幸太をホストに据え、縁ある人物をゲストに招きトークセッションを繰り広げる新企画がスタート。「Project2」のテーマである“Healthy Junk”の精神をもとに、毎回ゲストに潜む相対する中身、二面性にフィーチャーしていく。

初回のゲストは、彼と同じ足立区出身で日本とガーナにルーツを持つハイブリッドスケーター・西宮ジョシュア。まずは生い立ちから最近の生活ぶりまでを伺う。

堀米雄斗・池田幸太との出会い

向かって右端が池田幸太。左端が西宮ジョシュア。2011年に開催されたコンテストのGATEより

池田幸太(以下 K):まずは自己紹介からお願いします。

西宮ジョシュア(以下 J):はい、西宮ジョシュア、22歳。ガーナと日本のハーフのスケートボーダーで、スケート歴は13年くらいです。

K:長いね~(笑)

J:でも幸太さんの方が長いじゃないですか?

K:俺はもう10年くらい長いかな(笑)。22~23年くらい? でもジョシュアのことはすごい小さい頃から知ってたよ。2人の出会いって覚えてる? 俺はどこで初めて見たとかは全く覚えてないんだけど、地元も近かったし滑ってるところも被ってたから、気づいたら知ってたって感じなんだよね。

あとはジョシュアが一緒に滑ってたクルーの中に(堀米)雄斗がいて、当時はアップカマーみたいな感じで業界から注目され始めてたから、俺の中では雄斗一味みたいな感じで見ていたのかな。

J:それ、多分12~13歳の頃ですね。でも自分は幸太さんのこと一方的に知ってたんですよ。とんでもなく上手い人がいる!! っていう感じで憧れとして見てました。何かのイベントのデモで初めて見た時がもうヤバすぎて……。

デモで滑る池田幸太。同じく2011年のコンテストGATEより

K:ありがとう。ただ俺らって気づいたらこうして喋るようになってたよね? 俺からすると地元の後輩に近い感覚だったのかな。じゃあスケート始めたばかりの頃の環境ってどうだった? ムラパー(ムラサキパーク東京)で滑ってたの?

J:そうですね、ムラパーが家から近くて自転車で行ける距離だったんです。でも幸太さんも知ってるように当時はアメージングっていう名前でした。そこで雄斗とか(清野)玲良とか、ミキトとか、そういう奴らと出会ったから、それで幸太さんから見たら堀米一味みたいな印象になったんだと思います。住んでるところは皆バラバラなんですけど、ココに行けば誰かいるみたいな場所がアメージングだったので、そこが今の原点になってますね。

サッカーに夢中になった3年間

K:でもその後一回スケート辞めてるんだっけ?

J:はい。中学で一回辞めて、3年間サッカーをやってたんです。そこががかなりの強豪校で監督も有名な人だったから、当時はプロになろう! って本気でやってましたね。なんならガーナ代表目指してたくらいです(笑)

でも中学卒業と同時にまたスケートボードに戻ってきたんですよ。それでムラパーに行ったら、雄斗とかはずっとガンガン滑ってたから、それでまた仲良くなって川口のパークとかいろいろな場所に行くようになったんです。幸太さんとも仲良くなったのは多分その頃だと思います。

K:でもさ、本気でプロを目指すほどのめり込んでたのに、なんでサッカー辞めちゃったの?

J:集団行動が自分に合わなかったんだと思います。小学生の頃ってスケートボードのスタイルみたいなものは全然知らなくて、ただやってるだけだったんですよね。だから中学生になってもその感覚は一緒で、ただ中身がサッカーに変わっただけなんですけど、今までとは環境も全く違って、皆で同じユニフォーム着て、同じ練習してっていう生活に変わったから、成長とともに皆が同じように見えてきちゃったんです。それに対してスケートボードは何着ても良い、何をやっても良い。とにかく自由で、個人で好きに楽しめるから、そこがすごい自分に合ってるんだと改めて気づいたんです。

それに高校生にもなると好きなスタイルとか、このスケーターがカッコいいみたいなものが固まってくるから、そこからスケートボードはファッションや音楽とかも重要なんだなとか、そう言うのを全てひっくるめて、やっぱり楽しいなってなって思えるようになりました。もしかしたらサッカー漬けの日々があったからこそ、余計に強く感じたのかもしれませんね。

K:なるほどね。俺からしたら、いきなり皆このブランドの靴ばかり履くようになったなとか、玲良はシェーン・オニールのスタイルを意識してるんだなとか、そういうが手にとるようにわかるようになってきた頃でもあったから、コイツらあからさまに成長したなじゃないけど、そういうのはすごく覚えてるな。

J:あの頃は俺らの仲間がそれぞれ目指したいところとかが見えてきたというか、そういう時期だったとと思いますね。

カムバック後の心境の変化

小学生当時の西宮ジョシュア。スタイルよりもとにかく無我夢中で滑っていた。

K:でもその時代って皆コンテストも出てたよね? それはスタイルとかいろいろ気にするようになってからコンテストも良いなと思うようになったの?

J:いえ、コンテストだと小学生の頃に「GATE」っていうのがあって、それはビギナークラスからオープンまで細かくクラス分けされていて出やすかったので、それに出てたんですよ。でも自分は勝てなくて……。

それで高校生になって戻ってみたら、周りが一世代下になっていたので、今度はコンテスト自体がつまらなくなってきちゃったんです。それで、もう出てもしょうがなくない? みたいな感じで、コンテストの醍醐味とか魅力みたいなものが感じることができなかったんです。でも今になってみると、そこで勝ってたらもっとハマってたのかな? とも思いますけどね。

K:いや、どうなんだろうね。コンテストはよく勝ってたけど、いつの間にか出なくなったみたいな人も結構いるからね。ジョシュアとかが大会出てた頃って、俺はもうすでにジャッジとかをやるようになってたから、結構いろいろ見れて楽しかったんだよね。低年齢化とかオリンピックの話とか、コンテストシーンがあからさまに変わっていった時代だったとも思うし。

J:間違いないですね。やっぱり自分が高校生で戻ってきてコンテストに出てみると、周りがキッズばかりになって、自分だけヘルメットの高さが違う状態になったので、それが気まずいじゃないですけど、自然とコンテストに出ることがあまりカッコよくないなと思うようになっていったのはあると思います。むしろそれが出なくなるようになった決め手だったのかもしれないです。

2018年のAJSA関東アマチュアサーキット。この頃には周りは下の世代ばかりになっていた。

K:ちょうど過渡期の世代だもんね。結局オリンピックに出たライダーの中では雄斗が一番年上だったわけだし。

J:はい。それでコンテストもういいかなってなった時期の話なんですけど、当時はノースポンサーだったから、じゃあスポンサーミービデオを作ろうってことで映像を撮ってくれる人に出会ったんです。それで出来上がったファーストパートが『VHS MAG』のPICK UPなんです。

あれは高校生の時にパートを撮り始めて、卒業して完成した! っていう撮影期間だったんですけど、そこでストリートでトリックをメイクした時の興奮というか、映像を残せた時の気持ち良さや感覚にハマっちゃったんですよね。それにパートを作る時って自分は撮影される側、いわば主役じゃないですか! それがこの上ないくらい気持ちよかったんです。それにこのパートのおかげで韓国の「HEAPS」っていうデッキブランドからサポートされるようになったので、余計にだったのかもしれないですね。

K:わかる! ストリートで映像撮れた時の感覚って忘れられないよね。でもこれってストリートでやってるスケーターにしかわからないんじゃないかな。とにかく癖になっちゃうんだよね! そこからもう完全にストリートでやっていこうって感じにシフトしていったの?

J:そうですね。ストリートでビデオパートを作る道があるというのを、その時に知って目指すようになりました。

好きな音楽と最近の生活

K:ところでスケートボードしてると、1人で滑ってたりっていう時もあると思うんだけど、そういう時ってジョシュアはどんな音楽聞いてるの?

J:ジャンルで言うとテクノとか、早い系を聞くことが多いですね、特にスケートしてる時は。

K:そしたらかなりスピード出ちゃうんじゃない?

J:それが気持ちいいんですよ。じゃあそのスピード感とか勢いで、この技やってみよう! みたいな感覚になるんですよね。結局ストリートで撮影する時もスピード感ってすごく大事じゃないですか? だからそういった感覚みたいなものは大事にしたいなって思ってます。あとはやっぱりかなって気もすると思うんですけど、ヒップホップ。トラック系ですね! 逆に幸太さんは何を聞くんですか?

K:テクノってめちゃくちゃ意外だわ。俺は完全にヒップホップだと思ってた。んで、俺はまあなんでも聞く感じかな。ヒップホップも聞くし、ロックも好きだよ。ロックもメタルとか聞いて滑るとスピード速くなっちゃうでしょ?(笑)

J:メタルとか聞くんですか!? でも幸太さんなら意外と似合いそうな気がします。パートの曲がメタルだったらヤバいですね!

K:それで作ってみたいね~! だってパートに使う音楽ってスゴい重要じゃん? マイク・キャロルのLakaiの「Fully Flared」のパートとか、観る前はシンプルなヒップホップかな? と思ってたら、めちゃめちゃメタルでで逆にアガっちゃうみたいな! でも2曲目にヒップホップを持ってきて上手くまとめてるよね。パートの音楽とか滑りとのシンクロ具合で、そのライダーも好きになっちゃったりするから、そこは本当にこだわるべきところだよね。友達のトラックメイカーに頼んで仲間感出したりとかも良いと思うし。でもジョシュアのテクノは本当に意外だったよ。

J:クラブに行く時もテクノ系が好きなんですよ。さすがに毎週は行かないですけど。

K:今のは面白い話が聞けたよ! ところで、最近はどこで滑ってるの?

J:舞浜は相変わらず行ってますね。あとは田町か駒沢の3択って感じです。

K:どこも都内近郊だけど、大体同じようなセクションのところだね。それだったら舞浜まで行っても新しく追加されたストリートの方じゃなくて昔からある方でしょ? ボックスひとつあればあとはいいや! みたいな。

J:まさにその通りです!! あとは、やっぱり友達とか仲間が集まりやすい場所かどうかって言うのが大切ですね。行けば誰かしらいるみたいなところに自然と行っちゃいます。

K:結局スケートはそこだよね、特に俺ら地域の人って。別にアールをやらなくてもボックスがあるだけで一日楽しめちゃいますみたいなスタイルの人が多いから、そういう場所に集まるんだろうね。その辺ジョシュアは昔から変わらないね~!

スケートボードから離れていた時期があったからこそ、スケートボードの魅力に気付いたという西宮ジョシュア。包み隠さず話してくれた成長における心境の変化からは、現代のスケートボーダーが抱える様々な側面を垣間見ることができた。次回は彼のホーミーでもある、あの誰もが知るあの金メダリストとのエピソードについて深掘りしていく。

「どプロってヤツですね」 いま、憧れのスケーターは、一周回って堀米雄斗|西宮ジョシュア × 池田幸太 #2

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